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2010年9月8日
東京地方裁判所民事部 御中
原告訴訟代理人弁護士 張 學鍊
〒180−0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2丁目4番17−1401号
エストグランディール吉祥寺本町
原告 金 明觀[原告の項以下省略]
〒160−0002 東京都新宿区新宿一丁目26番9号 ビリーヴ新宿3階
AITS新宿法律事務所(送達場所)
原告訴訟代理人弁護士 張 學鍊
電話 03−5362−0907
FAX 03−5362−0908
〒100−8997 東京都千代田区霞が関1−1−1
被告 国
代表者法務大臣 千葉 景子
平成22年(行ウ)第508号 国籍確認等請求事件
原告 [原告の項以下省略]
被告 国答弁書平成22年12月14日
東京地方裁判所民事第3部 御中
- 被告指定代理人
- 宇波なほ美
- 増田 勝義
- 矢部 博志
- 石井 博之
- 江森 久子
- 藤原 昌子
- 椎名 芳広
- (送達場所)
〒102−8225 東京都千代田区九段南一丁目1番15号
九段第2合同庁舎
東京法務局訟務部行政訟務部門 増田あて
(電 話 03−5213−1397)
(FAX 03−3515−7307)[答弁書目次省略]
【「答弁書」鑑(かがみ)】
平成22年(行ウ)第508号 国籍確認等請求事件
原告 [原告の項以下省略]
被告 国準備書面12011年2月10日
東京地方裁判所民事第3部 御中
原告訴訟代理人 張 學鍊
【原告「準備書面1」表題部分】
1 原告が日本国籍を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し金550万円及びこれに対する本訴状到達の日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
【「答弁書」第1】
原告は、1950年に日本において当時日本国籍を有していた両親の間に出生し、出生により日本国籍を取得したものであるが、後述する経緯で第二次世界大戦の戦後処理の過程で締結された日本国との講和条約(いわゆるサンフランシスコ講和条約)の発効に伴い日本政府から何らの法的根拠もなく一方的に国籍剥奪の扱いを受け、その後大韓民国国籍を有する外国人として出生後一貫して日本に居住することを余儀なくされているものである。(甲1・2)
本訴訟は、上記の経過で国籍国である日本の政府から何らの根拠もなく一方的に日本国籍を剥奪する取扱を受けてきた原告について、今日においても日本国籍を有することを確認することを求めるものであるが、同時に、後述する理由でこれを合憲であると判断した判例である昭和36年の最高裁判決の誤りを正すものである。
原告が1950年(昭和25年)11月27日に出生したことは認め,その余は認否の限りでない。
【「答弁書」第2、1】
原告は、現在登載されている韓国の戸籍によれば1950年11月27日に兵庫県神戸市で父を金晶、母を姜息粉として出生した(甲1)。
原告が1950年(昭和25年)11月27日に出生したことは認め,その余は甲第1号証の日本語訳を確認しないと認否できない。
【「答弁書」第2、2(1)ア】
大韓民国が1948年(昭和23年)に建国されたことは認め,原告の両親については不知,その余は歴史的事実としては認める。
【「答弁書」第2、2(1)イ】
しかし、1950年当時日本に居住していたいわゆる「朝鮮人」については、日本政府の公式の立場は、日本国籍者ということであった。
第3段落についてはおおむね認める。
第4段落及び段5段落[原文のまま]については,国籍法(昭和25年法律第147号)が昭和25年7月1日に施行されたこと,施行時の国籍法2条1号及び3号の規定が原告主張のとおりであることは認め,その余は不知。
なお,国籍法の施行により廃止された旧国籍法(明治32年法律第66号)は,朝鮮については施行されず,朝鮮人の身分の得喪,その結果としての日本国籍の得喪は,旧国籍法の規定の内容に準じ,慣習と条理によって定まるものとされていた(江川英文ほか「国籍法〔第3版〕」201ページ,平賀健太「国籍法上」132ページ)。そして,昭和25年7月1日に施行された国籍法も,朝鮮については施行されず,朝鮮人の身分の得喪は,旧国籍法の規定の内容に準じた慣習と条理により定まるものと解されていた(昭和25年6月1日付け民事甲第1566号法務府民事局長通達,平賀・前掲161ページ)。そのため,原告が出生した当時,父が朝鮮人である場合及び父が知れない場合であって母が朝鮮人である場合には,子は,旧国籍法1条又は3条の規定に準じる内容の慣習と条理により,日本国籍を有することとされていた。
すなわち,原告が出生した当時,原告の父又は父が知れない場合には母が朝鮮人(朝鮮戸籍に掲載されている者を示す。)であれば,原告は出生により日本国籍を取得したということができるが,原告の両親が朝鮮人であることが確認できないので,原告が出生により日本国籍を取得したとの主張については不知である。なお,かかる趣旨により,後記第5のとおり釈明を求めるものである。
【「答弁書」第2、2(1)ウ】
新国籍法が、施行後も朝鮮について施行されなかったことは、認める。
もっとも、その場合でも結局朝鮮人については慣習と条理に基づくとの名目で結局国籍法が事実上適用されていたのであり、結論に実質的違いはない。
そして、原告の出生当時、原告の両親については、甲9のとおり、朝鮮人として朝鮮戸籍に登録されていたから、原告は出生と同時に日本国籍を取得している。
【原告「準備書面1」答弁書について、1】
ところが、日本は、第二次世界大戦の戦後処理の過程で、アメリカ合衆国はじめとする、いわゆる連合国との間で1951年9月8日に日本国との平和条約(いわゆるサンフランシスコ講和条約。以下サ条約という)を締結し、この条約は1952年4月28日に発効した。そして、これに伴い同年4月19日付で法務府民事局長が「平和条約発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」(昭和27年4月19日民事甲第438号法務府民事局長通達)なる通達(以下、本件通達という)を発し、このなかで「朝鮮及び台湾は、条約の発効の日から日本国の領土から分離することとなるので、これに伴い、朝鮮人及び台湾人は、内地に在住しているものを含め全て日本の国籍を喪失する。」とされたのである。
これによって、原告は事実上日本国籍を剥奪される扱い(以下、本件処分という)を受けることとなり、今日に至っている。
日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)が日本国と連合国との間で昭和26年9月8日に締結され,昭和27年4月28日に発効したこと,昭和27年4月19日付け民事甲第438号法務府民事局長通達「平和条約発効に伴う朝鮮人,台湾人等に関する国籍及び戸籍の事務の処理」(以下「本件通達」という。乙第1号証)が発出されたこと,同通達第1(1)において「朝鮮及び台湾は,条約の発効の日から日本国の領土から分離することとなるので,これに伴い,朝鮮人及び台湾人は,内地に在住している者を含めてすべて日本の国籍を喪失する。」とされていることは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、2(2)】
一介の行政官に過ぎない法務府の民事局長が、およそ日本国民から国籍を剥奪する権限がないことは法体系上明らかであるから、本件通達が依拠している平和条約が原告から日本国籍を剥奪する規定をしているかどうかが本件処分の効力を論じる上で問題となる。
この点、本件通達が言及しているのは、サ条約の第2条(a)項であるが、ここには「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対する全ての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定されているのみであり、この条項が「領域」と題された第二章の冒頭の条項であり、他の項でも全て領域をどうするかについて規定されているに過ぎないことに鑑みれば、同項が個人の国籍について何らの定めもしていないことは一見して明らかである。
したがって、常識的にも法論理的にもに考えて[常識的にも法論理的にも]、原告が出生によって取得した日本国籍を喪失する根拠は存在しない。
平和条約2条(a)項が「日本国は,朝鮮の独立を承認して,済州島,巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄する。」と規定していること,同条が平和条約第2章領域の最初に置かれている規定であることは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(1)】
しかしながら、この条項の規定については、最高裁判所昭和36年4月5日の大法廷判決が、大要次のように判断して本件通達の「解釈」を支持したことはあまりにも有名である。
すなわち、サ条約の第2条(a)項は、領土主権のみならず対人主権の放棄を含み、日本は朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄した。対人主権の放棄は、朝鮮に属すべき人の日本国籍を喪失させることを意味するところ、朝鮮に属すべき人というのは、日本と朝鮮との併合後において、日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位をもった人と解するのが相当である。朝鮮人としての法的地位を持った人というのは、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載された人である。したがって、サ条約発効当時に朝鮮戸籍に登載されていた人は、全て朝鮮に属すべき人として日本国籍を喪失するというのが最高裁の論理である。
この判決は、原審の結論を支持するに際し、上告人代理人から主張された憲法10条、11条、12条、13条違反の点について、これらに違反しないと判示しているが、憲法10条違反以外の点についてはほとんど記述がなく、実質的には憲法10条違反の点についてのみ検討したものといってよい。
そして、憲法10条に違反しないと判断した論理としては、憲法には国籍法上領土の変更に伴う国籍変更の規定がないことと[憲法10条が日本国籍の要件を法律で定めることを規定しているところ、これを定めた国籍法は、領土の変更に伴う国籍の変更について規定していないことと]領土の変更に伴って国籍の変更を生ずることを前提として、この変更に関して国籍法上の[国際法上の]確定原則がなく、条約によって定められるのが通例であることをふまえ、憲法10条は法律の規定がなくても領土の変更に伴う国籍の変更について条約で定めることを認めた趣旨ゆえ、条約によって国籍剥奪を定めても憲法10条違反とはならないとするのである。
原告が引用する判決(最高裁判所昭和36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657ページ。以下「昭和36年最高裁判決」という。)が存在すること及びその判示がおおむね原告指摘のとおりであることは認め,その余は不知ないし争う。
なお,昭和36年最高裁判決は,「憲法11条,12条,13条についても,上告人の日本国籍の喪失は,つぎに述べるように,平和条約の規定に基づくものであって,憲法のこれらの規定に違反する点は認められない」と判示している。
【「答弁書」第2、3(2)ア】
第3段落において指摘されている部分は、原告代理人における誤記であるので、被告指摘のとおりに訂正する。
【原告「準備書面1」答弁書について、2】
しかしながら、憲法10条違反の点に関する上記昭和36年最高裁判決は、明らかに次のような致命的な論理的飛躍をおかしているというほかない。
すなわち、同判決は、サ条約第2条(a)項の規定が対人主権の放棄をしたものであると前提しているが、なるほど領土の変更に伴い国籍の変動が生じることは通常であるものの、後述するように日本における領土変更の際のそれまでの取扱に照らしてもそのように解する必要性・必然性は全くないし、そもそもサ条約の締結過程における議論においても対人主権の放棄については全く議論されていなかった(大沼保昭著「在日韓国・朝鮮人の国籍と人権」238頁)。
したがって、サ条約第2条(a)項は、やはり領土に関する変更のみ規定したにとどまり、対人主権の放棄する趣旨を含むものと解することは全くできないのである。
そうであれば、本件処分は、通達による日本国籍剥奪ということにほかならず、国籍の変動について法律によるべきであることを定めた憲法10条に明らかに違反している無効な処分といわざるを得ない。
原告が引用する文献があること及び当該文献に「以上のような講和の過程にあって,「領土変更に伴う国籍変更」の問題は,日本側の準備作業で検討されたものを除いては,まったく討議され,検討されることがなかった。」旨の記載があることは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(2)イ】
また、昭和36年最高裁判決は、上記のようにサ条約における対人主権の放棄を前提として、その処分の適用範囲を朝鮮に属すべき人であるとし、朝鮮に属すべき人というのは朝鮮戸籍に登載されたものであるとしているが、まさしくこの判決の事例がそうであるように、この論理は、事柄の妥当性をも全く無視したでたらめなものであった。
昭和36年最高裁判決が原告指摘の判示をしていることは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(2)ウ(ア)】
すなわち、当時日本と朝鮮とでは、異なる法律が適用されており、戸籍についても日本と朝鮮においては別々の戸籍(内地戸籍と朝鮮戸籍)が編製されており、日韓併合時に大韓帝国民であった者については、朝鮮戸籍令に基づいて朝鮮戸籍に登載され、転籍による相互の移動は原則禁じられていた。
しかし、婚姻・入養[註1]などの身分行為が生じた場合には当時の共通法により戸籍の移動が例外的に認められ、たとえば内地戸籍に登載された女性が朝鮮戸籍に登載された男性と婚姻した場合には、女性が朝鮮戸籍に登載されることになっていたのである。
朝鮮には日本本土(内地)とは異なる法律が適用されていたこと,朝鮮人は,内地戸籍に記載されることはなく,朝鮮戸籍令に基づいて,朝鮮戸籍に記載されていたこと,朝鮮戸籍に登載されていた者が内地に転籍することはできなかったこと及び内地人と朝鮮人間において戸籍の変動を伴うような身分行為が行われた場合には,共通法によって内地戸籍と朝鮮戸籍との調整が行われていたことは認める。
【「答弁書」第2、3(2)ウ(イ)】
昭和36年最高裁判決の事案はこのような事案であり、血統的には純粋に内地人である女性が、朝鮮人との婚姻により朝鮮戸籍に登載されているという事実のみをもって、日本に居住しているにもかかわらずサ条約の規定上当然に日本国籍を喪失すると判断したのである。
考えてみれば、この事案の女性にとって、血統的には生粋の内地人であり、その女性がただ当時朝鮮戸籍に登載されていた日本国籍の男性と婚姻したという一事をもって、日本が朝鮮に対する主権を放棄するという条項を根拠に日本国籍を剥奪されるということは、後述する憲法論を別としても到底妥当とはいいがたいし、それが解釈としてもっとも妥当なものだとする根拠を見いだすことは困難である。
まして、この女性は、当時既に朝鮮人男性との婚姻が破綻し、別居して日本に居住していたのであり、サ条約発効時に朝鮮半島に居住し、永住する立場のものであったのなら格別、このような境遇の女性に対して国民としての資格を剥奪することが妥当な解釈だとする神経は全く理解できない。
昭和36年最高裁判決における上告人が日本人(内地人)を父母として出生したもので,血統的にも日本人であるところ,昭和10年に朝鮮人男性と婚姻して入籍したこと,昭和27年10月21日に当該上告人と同夫との離婚判決が言い渡され,同年11月5日に同判決が確定したことは認め,その余は不知ないし争う。
【「答弁書」第2、3(2)ウ(ウ)】
昭和36年最高裁判決の論理的破綻は、同様にサ条約によって日本が放棄した台湾出身者の国籍処理において決定的に明らかとなっている。
すなわち、最高裁判所昭和37年12月5日大法廷判決は、上記昭和36年大法廷判決の事案と類似した事案(昭和22年に台湾人(当時日本国籍である)と婚姻した内地人女性の国籍が問題となった)において、この女性が(現実には台湾戸籍に登載されていなくても)婚姻により内地戸籍から除かれるべき事由の生じた者として、日本と中華民国との間の平和条約(以下、日華平和条約)により台湾が中華民国に譲渡されたことに伴い、同条約の発効とともに日本の国籍を喪失したと判断したのである。
原告が引用する判例(最高裁判所昭和37年12月5日大法廷判決・刑集16巻12号1661ページ。以下「昭和37年最高裁判決」という。)が存在すること,同判決が原告指摘の判示をしたことは認める。
【「答弁書」第2、3(2)エ(ア)】
しかしながら、台湾については、サ条約第2条(b)項によって日本は朝鮮と全く同様の処理をしており、朝鮮に対して上記のような解釈をした以上、サ条約より後に締結発効(1952年4月28日署名、同年8月5日発効)した日華平和条約により台湾人が日本国籍を喪失するという解釈をとることは論理的に全く無理であるといわざるを得ない。実際、本件通達は、サ条約の発効によって台湾人が日本の国籍を喪失するとしているのである。
平和条約2条(b)項が「日本国は,台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄する。」と規定していること,日本国と中華民国との間の平和条約(以下「日華平和条約」という。)が1952年4月28日に署名され同年8月5日に発効したこと,本件通達第1(1)において「朝鮮及び台湾は,条約の発効の日から日本国の領土から分離することとなるので,これに伴い,朝鮮人及び台湾人は,内地に在住している者を含めてすべて日本の国籍を喪失する。」と規定されていることは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(2)エ(イ)】
逆に、もし日華平和条約により台湾人が日本国籍を喪失したとするのであれば、朝鮮人の場合も、大韓民国か朝鮮民主主義人民共和国との間で締結される条約において国籍の移動がされることになったはずであるが、1965年6月22日に署名された日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(いわゆる日韓基本条約)においても、全く記載されなかった。
したがって、昭和36年最高裁判決と昭和37年最高裁判決との間には決定的な不整合があることになるが、最高裁は今日までこの不整合については全く放置しているのである。
原告が引用する日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(以下「日韓基本条約」という。)が存在すること,同条約の中に国籍の異動についての記載がないことは認め,その余は不知ないし争う。
【「答弁書」第2、3(2)エ(ウ)】
同様の不整合は、北方領土についても同様であり、サ条約第2条(c)項において日本は千島列島ならびにポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部等に対する主権を放棄しているが、この領土の変更については何らの国籍変更の処理も行われておらず、サ条約発効時にこの領域に居住していた旧樺太原住民の日本国籍を剥奪したという処理はされていないし、家庭裁判所の審判においてもそれを前提とした審判がなされており、昭和36年最高裁判決と全く矛盾した態度をとっている(旭川家裁昭和41年3月30日審判家月18巻10号72頁、釧路家裁網走支部昭和43年12月24日審判家月21巻6号74頁)。
平和条約2条(c)項に「日本国は,千島列島ならびに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄する。」とする規定が置かれていること,旧樺太土人[原文のまま]は,平和条約の発効により日本国籍を喪失していないこと及び原告が引用する各下級審審判が存在することは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(2)オ】
このように、昭和36年最高裁判決は、同じサ条約第2条各号の間で矛盾を来す状況になっているが、そればかりでなく、同判決の大前提となった領土の変更には国籍変更が当然に伴うという論理についても、これまでの日本の実例とさえ整合していない。
すなわち、日本は、1875年5月7日にロシアとの間でいわゆる樺太・千島交換条約を締結しているが、その際この条約の中で住民の国籍問題に触れ、住民が従来の国籍を保有しうることを定めているし、原住民については、その後締結された同条約の附録条款のなかで領土の変更が住民の国籍に影響を及ぼすことを認め、国籍選択権を与えている。
また、日清戦争の戦後処理として1895年4月17日に締結されたいわゆる下関条約においては、遼東半島・台湾・澎湖諸島の日本への割譲に伴う住民の国籍得喪について、第5条で規定し、当該地域の住民が2年以内に不動産を処分して退去しない場合、退去しない住民を日本国民とみなすとの規定がおかれている。
このような先例に徴すれば、次の二つの重要な命題が導かれる。
それはすなわち、①領土の変更に伴い国籍の変動が当然に生じるわけではなく、国籍の変動が生じる場合でも当該住民に国籍の選択を与える余地があること、②国籍の変動を伴う場合には条約に明文がおかれること、である。
昭和36年最高裁判決は、この2つの命題を全く無視しており、明文の規定がなくても領土の変更に伴い当然に国籍が変動すると解し、解釈によってその変更範囲を一律に決して国籍選択の余地すら認めなかったということになるのである。
それと、もう一つ過去の先例との決定的な違いは、サ条約は、領土の変更を伴うといっても、二国間の領土のやりとりという形をとったものではなく(植民地が独立する場合を含む)、独立すべき朝鮮に新たに成立する国家(サ条約締結時には既に南部に大韓民国、北部に朝鮮民主主義人民共和国が建国されていた)を当事国としない条約であったということである。そうであるがために、原告らの日本国籍が剥奪されると同時に韓国国籍あるいは朝鮮国籍が付与されることはなく、植民地出身者及びその子孫(この中には、外地戸籍に入ることになった血統的には純粋な日本人を含むが、逆に身分行為により外地戸籍から除かれ内地戸籍に入ったことになったものは除かれる)については、全くの無国籍状態におかれたということである。このことの問題性も今更強調しなくても自明であろうが、日本国籍を剥奪され無国籍とされたものは、突然外国人として外国人登録することを余儀なくされ、あまつさえ退去強制の対象とさえされたのである。
このような判断が到底世間の評価に堪えるものではないこと、まして一国の法律解釈適用について最高の権威を保有する最高裁判所の大法廷の判決としてお世辞にも評価する余地がないこと、多言を要しないであろう。
原告が引用する各条約が存在すること,それらの条約が原告主張の規定を置いていること及び大韓民国及び朝鮮民主主義人民共和国が平和条約において当事国となっていないことは認め,その余は争う。
【「答弁書」第2、3(2)カ】
上記のように、昭和36年最高裁判決は、それ自体が矛盾に満ちたものであり、一片の説得性も有しないものであるが、それ以外にも、同判決が見落とした以下の憲法上の問題点があり、やはり原告に対する日本国籍剥奪の処分は無効といわざるを得ない。
すなわち、本件で問題になっている日本国籍の喪失という処理は、個人から国籍をその意に反して剥奪するという処分であり、他の領土の変更があった場合の実例のようにそれと引き替えに別の国籍の保有することを保障したものでさえないから、純粋に国家による国籍の剥奪処分であるというほかない。
国籍は、特に個人がその国籍国に居住している場合、その保有は居住・就労・財産保有・公務就任・公民権行使その他あらゆる場面で極めて重要な役割を果たす基本的地位であり、個人が国籍を保有する権利、換言すれば恣意的に国籍を奪われない権利は、憲法13条の保障が及ぶことについて異論はないと思われる。
したがって、本件処分は、個人の尊重・幸福追求権を保障した憲法13条に違反する違憲の処分であり、無効である。
また、本件処分は、日本人のうち朝鮮戸籍に登載されている者を対象として一律になされたものであるわけであるが、この対象者の切り分けは上記のとおり基本的に合理性がないだけでなく、次のような問題を包蔵している。
すなわち、本件処分は、朝鮮戸籍への登載の有無に着目してなされているが、これは、本人自身(あるいはその親)の出身地ないし帰属する民族に着目した処分であるということができる。
したがって、形式的に人種や社会的身分又は門地による差別を禁じた憲法14条に違反するかどうかが当然問題となる。
そこで、出身地あるいは帰属する民族に着目した本件処分に合理性があるかが次に問題となるわけであるが(この点は、昭和36年最高裁判決では判断されていない)、本件処分が朝鮮出身者あるいは朝鮮民族に属する者に対して国籍選択権を与えた者であるならば[ものであるならば]、それ以外の者とは別に選択権を与えたとしても、その区別した取扱に合理性を認めることが可能である。
しかしながら、本件処分は、本人の意思を全く無視して国籍を剥奪したものであり、日本国籍剥奪の不利益は、特に日本に居住する場合に特に大きい。したがって、本件処分は、朝鮮出身者あるいは朝鮮民族以外の者との対比において、朝鮮出身者あるいは朝鮮民族の者に特別な不利益を与えるものでしかなく、同じ日本国籍者についてこの差別的取扱をすることは到底合理化できない。
たとえば日本の一部が将来いずれの国かに対して割譲された場合を想定した場合に、割譲対象の地域における居住の有無その他理由の如何を問わず、割譲された地域に本籍を置く、あるいは出身地がその地域である者から一律に日本国籍を剥奪するような処分をしたと想定した場合、(差別以外の別の観点の問題もあるが)誰でもそれは不条理な差別であると考えるであろう。本件処分はこれと全く同一の論理に立脚するものなのであって、これが不条理な差別だと考えない者はいないであろう。
よって、本件処分は、憲法14条に違反する無効な処分であって、原告は現時点において日本国籍を保有しているというべきである。
争う。
【「答弁書」第2、3(2)キ】
原告は、上記のとおり自らの意に反して出生によって取得した日本国籍を一方的に剥奪され、居住している日本において外国人として無権利状態に置かれるという境遇に長年甘んじざるを得なかった。
日本国籍の剥奪という行為は1952年4月28日になされたものと見ることができるが、国籍を恣意的に剥奪され、外国人として暮らさなければならないという状況は今日においても継続している。
したがって、被告は、58年強の長きに及ぶこの間の原告の被った精神的損害を慰謝する義務を負うが、この精神的損害を慰謝すべき金額としては500万円が相当であり、被告は、原告に対し、これに弁護士費用50万円を加えた550万円と民法所定の遅延利息を支払う義務を負う。
よって、原告は、被告に対し日本国籍を有することの確認を求めるとともに、上記の精神的損害を賠償すべき金員の支払を求めて本件提訴に及んだ。
以上
不知ないし争う。
【「答弁書」第2、4】
(1) 平和条約2条(a)項は,朝鮮の独立を承認して,朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄することを規定している。この点,国家は,人,領土及び政府を存立の要素とするものであるから,朝鮮の独立を承認するということは,朝鮮がそれに属する人,領土及び政府を持つことを承認することにほかならない。したがって,平和条約2条(a)項により,日本は,朝鮮に属すべき領土に対する主権(いわゆる領土主権)を放棄するのと同時に,朝鮮に属すべき人に対する主権(いわゆる対人主権)を放棄したことになる。
そして,ある国に属する人とは,その国の主権に服する人をいい,そのような人に対してその国の国籍が付与されるのであり,逆に,ある国の国籍を持つ人は,その国の主権に服するものであるから,日本が朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄するということは,朝鮮に属すべき人が,日本の国籍を喪失することを意味する。
したがって,平和条約の発効により,朝鮮に属すべき人は,日本の国籍を喪失することになる。
(2) ここに,朝鮮に属すべき人というのは,日本と朝鮮との併合後において,日本の国内法上で,朝鮮人としての法的地位をもった人と解するのが相当であり,朝鮮人としての法的地位をもった人というのは,朝鮮戸籍令の適用を受け,朝鮮戸籍に登載された人である。
そして,原告は,原告の主張によれば,両親が朝鮮人であり,朝鮮戸籍令の適用を受け,朝鮮戸籍に登載されるべき人であった。
(3) したがって,原告は,出生により日本国籍を取得していたとしても,平和条約の発効により日本国籍を喪失したものである。
【「答弁書」第3、1】
被告は、サ条約2条(a)項の規定につき、国家が人・領土・政府を要素とするから、朝鮮の独立の承認は朝鮮がそれに属する人・領土・政府を持つことを承認することにほかならないとし、進んで、同行により[同項により]日本は朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄したと主張している。
しかしながら、植民地が独立する際に宗主国がその領土に成立する国家を承認するに当たっては、当然その国家に国民・領土・政府が存在することを当然の前提とはするものの、そのことは、独立の承認という抽象的な行為のみによって直ちにその国家の国民・領土の範囲が確定されるわけではない
そうであるからこそ、独立の承認に伴って別途領土の範囲が合意され、国民の範囲についても合意されるのであり、国民については植民地出身者について二重国籍を保有するなどの処理も可能であるし、相互に通婚していたりその他の身分行為が生じている場合もある以上、複雑な処理が想定されるから、独立の承認そのものが直ちに植民地出身者の国籍の剥奪という効果をもたらすわけでもない。(江川英文ほか著「国籍法(第三版)」185頁では、領土の帰属関係の変更に伴う国籍問題の処理については内容がすこぶる多岐であり、解決の方式も一様でないとしている)
そうであれば(2)において被告が主張するような処理は、一つの選択しうる手法であるかも知れないが、もっとも正しい解釈などとは到底呼べないものであること明白である。
【原告「準備書面1」答弁書について、3】
原告は,本件通達を示した上で,「これによって,原告は事実上日本国籍を剥奪される扱い(以下,本件処分という)を受けることになり」(訴状第2の2・4ページ)とし,「本件処分は,通達による日本国籍剥奪ということにほかならず」(訴状第3の2(1)・6ページ)とし,「本件で問題となっている日本国籍の喪失という処理は,個人から国籍をその意に反して剥奪するという処分であり」(訴状第3の2(6)・11ページ)として,「本件処分」は憲法10条,13条及び14条に違反する旨主張する(訴状第3の2(1),(6)及び(7)・6及び10ないし12ページ)。原告の同主張は,本件通達(昭和27年4月19日付け民事甲第438号法務府民事局長通達)の発出をもって「本件処分」とし,「本件処分」により朝鮮人の日本国籍喪失という効果が生じたとするものとも解される。
しかしながら,朝鮮人の日本国籍の喪失は,平和条約の発効により生じたものであり,本件通達は,平和条約の発効により,朝鮮に属すべき者が日本国籍を喪失することを前提として,これに伴う国籍及び戸籍事務の取扱いを示したものにすぎない。
したがって,原告の上記主張が,「本件処分」により朝鮮人の日本国籍喪失という効果が生じたとの理解を前提とするものであるとすれば,そのような理解は誤りであり,憲法10条,13条及び14条違反をいう原告の主張は失当である。
【「答弁書」第3、2】
ここでの被告の主張こそ、まさしく昭和36年の最高裁判決の詭弁をオウム返しにするだけの何らの説得力も持たないものであること、素人目にも一見して明白であり、敢えて詳論する必要もないほどである。
前掲書209ページでもサ条約については、国籍問題が明示的に規定されていないとしており、同条約2条(a)項を見て、誰の国籍がどうなったかなどということが判断できる人物がいればむしろ見てみたいものである。
誰がどう見ても、サ条約には国籍に関する言及も下位規範への具体的な委任もない以上、原告の国籍は昭和27年の通達によって恣意的に剥奪されたものにほかない。最高裁がその後も同じ判断を踏襲してきていることは厳然たる事実であるが、これは単にこの粗悪な論理をその後も一貫して維持することで、最高裁が自らの判決の致命的欠陥にほおかむりしてきただけのことである。
【原告「準備書面1」答弁書について、4】
原告は,平和条約が対人主権の放棄について規定を置いていないことを理由として,対人主権をも放棄したとする昭和36年最高裁判決が妥当ではないと主張しているようである(訴状第3の2(1),(5))。
しかしながら,昭和36年最高裁判決は,平和条約2条(a)項に,日本国が朝鮮の独立を承認することが規定されていることを踏まえて,「国家は,人,領土及び政府を存立の要素とするもの」,「朝鮮の独立を承認するということは,朝鮮を独立の国家として承認することで,朝鮮がそれに属する人,領土及び政府をもつことを承認することにほかならない。したがつて,平和条約によつて,日本は朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄したことになる。」と判示しており,合理的な解釈を示しているものである。
そして,昭和36年最高裁判決の上記解釈は,その後の最高裁判決においても採用されており(昭和37年最高裁判決のほか,最高裁判所昭和40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻4号898ページ,最高裁判所平成10年3月12日第一小法廷判決・民集52巻2号342ページ,最高裁判所平成16年7月8日第一小法廷判決・民集58巻5号1328ページ),確立した判例であるということができる。
また,学説においても,平和条約2条(a)項の趣旨が朝鮮を日本の併合前に復させることからすれば,このような解釈は妥当であるとされている(江川ほか・前掲213ページ参照)。
以上によれば,平和条約に対人主権の放棄について規定が置かれていないことを理由として,朝鮮に属すべき人が日本国籍を喪失することはないとし,昭和36年最高裁判決が妥当ではないとする原告の主張は理由がない。
原告は,昭和36年最高裁判決における上告人の属性を示した上,「血統的には生粋の内地人であり,その女性がただ当時朝鮮戸籍に登載されていた日本国籍の男性と婚姻したという一事をもって,日本が朝鮮に対する主権を放棄するという条項を根拠に日本国籍を剥奪されるということは,後述する憲法論を別としても到底妥当とはいいがたいし,それが解釈としてもっとも妥当なものだとする根拠を見いだすことは困難である。」として,昭和36年最高裁判決が妥当ではない旨を主張している(訴状第3の2(2))。
しかしながら,昭和36年最高裁判決は,①日本人女が朝鮮人と婚姻することにより朝鮮戸籍に登載され,内地戸籍から除籍された場合には,法律上,朝鮮人として取り扱われ朝鮮人に関する法令が適用され,日本人に関する法令は適用されなかったこと,②この取扱いは,旧国籍法により,日本人女が外国人と婚姻することにより外国国籍を取得した場合には,日本国籍を喪失し,法律的には外国人となることと同様であること,③朝鮮人と日本人とは,法律上明確に区別されており,この区別が日韓併合時から連合国による占領時に至るまで一貫して維持されていたことから,上記1(2)のように,日本国籍を喪失する「朝鮮に属すべき人」というのは,日本と朝鮮との併合後において,日本の国内法上で,朝鮮人としての法的地位をもった人で,朝鮮人としての法的地位をもった人というのは,朝鮮戸籍令の適用を受け,朝鮮戸籍に登載された人である旨判示している。
学説においても,本来日本人であった者でも,婚姻により朝鮮戸籍に登載され,法律上は朝鮮人と同視されていた者は,併合当時朝鮮人であった者及びその子孫と同視すべきであるとして,昭和36年最高裁判決の解釈を指示している(江川ほか・前掲213ページ)。
以上によれば,朝鮮に属すべき人は朝鮮戸籍に登載された人であるとの解釈は合理的なものであり,昭和36年最高裁判決が妥当ではないとする原告の主張は理由がない。
【「答弁書」第3、3(1)、(2)】
最高裁昭和36年判決が一片の合理性も説得性も有しないことは既に述べた。
これをその後の最高裁各判例が裏付けていること、学説においても同調していること、いずれも認めるが、通説的学説については、単に妥当性という観点から同判決の結論を追認しているだけであって、原告が主張するような論点については全く触れてもおらず、参照するにも及ばないものであって、到底批判に堪える内容のものはない。
【原告「準備書面1」答弁書について、5】
昭和37年最高裁判決は,台湾人男との婚姻によって内地戸籍から除かれるべき理由の生じた内地人女は,日華平和条約の発効とともに,日本国籍を失う旨判示している。
原告は,昭和37年最高裁判決が台湾人としての法的地位を持った人の日本国籍の喪失時を平和条約の発効日である昭和27年4月28日ではなく,日華平和条約の発効日である昭和27年8月5日としている点において,昭和36年最高裁判決との間に決定的な不整合があり,平和条約の発効により朝鮮人は日本国籍を喪失するとした昭和36年最高裁判決の論理的破綻が明らかである旨主張している(訴状第3の2(3))。
しかしながら,昭和37年最高裁判決は,「当裁判所の判例(昭和三○年(オ)第八九○号,同三六年四月五日大法廷判決,民集一五巻四号六五七頁)は,日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位をもつた人は,日本国との平和条約発効により,日本の国籍を喪失したものと解している。その法理は,日本の国内法上台湾人としての法的地位をもつた人についても,これを異にすべき理由はない。ただ,台湾人としての法的地位をもった人は,台湾が日本国と中華民国との間の平和条約によって,日本国から中華民国に譲渡されたのであるから,昭和二七年八月五日同条約の発効により日本の国籍を喪失したことになるのである。」と判示している。これは,台湾人としての法的地位を有する者も,朝鮮人としての法的地位を有する者と同様に平和条約の発効により日本国籍を喪失するものと解していることを意味するものであり,ただ,日華平和条約が締結されていることにより日本国籍喪失の時期を同条約の発行日であるとしているのにすぎない。
したがって,昭和36年最高裁判決と昭和37年最高裁判決との間で日本国籍の喪失の時期が異なることを理由として,両最高裁判決の間に決定的な不整合があり,昭和36年最高裁判決の論理的破綻が明らかであるとする原告の主張は理由がない。
【「答弁書」第3、3(3)】
ここでもまたぞろ被告の主張は最高裁の立場をそのまま踏襲しているが、率直に言って意味不明である。
問題となる点は、台湾人について、サ条約によって国籍が剥奪されたのかどうかであり、仮に同条約によって剥奪されたのであれば、その後に日華平和条約によって台湾が同国に譲渡されたとしても、一旦剥奪した者の国籍が再度剥奪することはありえないから、誰が見てもこの2つの最高裁判決は矛盾・抵触するのである。
にもかかわらずその論理を維持する被告の論理は、やはり自己矛盾・論理破綻しているとしかいいようがない。
【原告「準備書面1」答弁書について、6】
原告は,旧樺太土人[原文のまま]が平和条約により日本国籍を喪失しておらず,また,それを前提とした下級審審判があることを理由として,昭和36年最高裁判決を論難する(訴状第3の2(4))。
しかしながら,そもそも,最高裁判決に反する下級審審判が存在するからといって,当該最高裁判決が論難されるべきものではないことは当然であるから,仮に,原告が指摘する下級審審判が昭和36年最高裁判決と矛盾していたとしても,そのことをもって,昭和36年最高裁判決が非難されるべきものではない。
また,原告が引用する下級審審判は,ソビエト社会主義共和国連邦が旧樺太土人[原文のまま]に同国の国籍を付与しておらず,むしろ無国籍の日本人と取り扱っていることがうかがえることに加えて,平和条約により日本が旧樺太土人[原文のまま]に対する対人主権を放棄したものと積極的に解する根拠もないことという,朝鮮人及び台湾人とは異なる,旧樺太土人[原文のまま]独自の事情を踏まえた上で,旧樺太土人[原文のまま]は平和条約によって日本国籍を喪失していないと判示しているもので,昭和36年最高裁判決との間で矛盾はない。
実際,樺太及び千島列島の領土権の帰趨や旧樺太土人[原文のまま]の帰属国の問題は,朝鮮人におけるそれとは異なる歴史的,外交的経緯を経てきたものであるから,平和条約発効による効果が,朝鮮人と旧樺太土人[原文のまま]との間で異なることになろうとも,何ら問題はない。
なお,大韓民国においては,後記(6)のとおり,平和条約発効により日本国籍を喪失した者は直ちに韓国国籍を有することが認められていた。
したがって,旧樺太土人[原文のまま]については,朝鮮人の場合と事情が異なるのであるから,旧樺太土人[原文のまま]が平和条約によって日本国籍を喪失していないことが昭和36年最高裁判決を論難する根拠になるものではない。
【「答弁書」第3、3(4)】
この点も、昭和36年最高裁判決の論理を前提とすれば、サ条約により被告が北方領土に対する主権を放棄している以上、同地に関連する自国民からは必ず国籍を剥奪する処分をしなければならないはずであるが、実際にはそのようにしていないことについて全く説得的な説明がされていない。
被告がこの主張を維持するのであれば、朝鮮人と旧樺太原住民とがどう違うのかをきちんと説明すべきである。
【原告「準備書面1」答弁書について、7】
原告は,①樺太千島交換条約が交換地の住民に従来の国籍を保有し得ることを定め,同条約附録条約が原住民に対して国籍選択権を与えていること,②下関条約(日清媾和条約)が日本へ割譲される遼東半島,台湾,澎湖諸島の住民が2年以内に不動産を処分して退去しない場合,退去しない住民を日本国民とみなす旨の規定を置いていることを根拠として,領土の変更に伴い国籍の変動が生じる場合には条約に明文が置かれるという命題があり,これが日本における先例であるとして,昭和36年最高裁判決が,過去の日本の関与する領土変更を伴う条約における先例と整合していない旨主張している(訴状第3の2(5))。
しかしながら,領土の変更に伴う国籍の変動については,国際法上で確定した原則はないのであり(昭和36年最高裁判決),条約で国籍の変動について明文の規定を置かなかったからといって,条約の発効により国籍の変動が生じないということはできない。すなわち,原告が主張するような命題ないし先例があるということはできない。そして,樺太千島交換条約及び下関条約が国籍の変動について明文の規定を置いているのに対し,平和条約には国籍の変動について明文の規定を置いていなかったところ,昭和36年最高裁判決は,上記のとおり,国籍の変動について平和条約の合理的な解釈をしたのである。
したがって,この点についての原告の主張も理由がない。
【「答弁書」第3、3(5)】
ここにいたって、被告は突如領土の変更に伴う国籍の変動については国際法上で確定した原則がないと主張しているが、そうであれば昭和36年最高裁判決の「解釈」自体が解釈という名に値しないものであることを自認したようなものである。
原告が主張しているのは、異なる先例がありその先例に法的な問題がない以上、(主権の放棄により国籍変動の効果が直接生じるという)特定の処理を正しい「解釈」と確定する根拠はないということである。この点については、被告は全く説得力ある反論をなしえていない。
【原告「準備書面1」答弁書について、8】
原告は,平和条約が大韓民国及び朝鮮民主主義人民共和国を当事国としない条約であったことを理由に,平和条約により日本国籍を喪失した朝鮮人が無国籍状態になるとして昭和36年最高裁判決を論難する(訴状第3の2(6))。
しかしながら,大韓民国においては,南朝鮮過渡政府が国籍に関する臨時条例(1948年5月11日法律第11号)を制定し,「外国の国籍又は日本の戸籍を取得した者であつてその国籍を抛棄するか又は日本の国籍を離脱する者は檀紀4278年(引用者注:昭和20年)8月9日以前に朝鮮の国籍を回復したものと看做す」(乙第2号証)として,平和条約の発効により日本国籍を喪失した者は直ちに韓国国籍を有するものとしている。すなわち,朝鮮人の場合には,平和条約発効により日本国籍を喪失したからといって,無国籍状態になるものではないから,この点についての原告の主張は,前提を欠くもので失当である。
【「答弁書」第3、3(6)】
被告は、サ条約によって日本国籍を剥奪しても無国籍状態とはならないと主張するが、援用する国籍に関する臨時条例第5条については、1945年8月9日以前に国籍を回復したものとみなすと規定しているところ、原告のようにそもそも日本の国籍を「取得」したとはいえず、あるいは国籍の「回復」には該当しない者については、なお無国籍となる余地があるし、実際にも、1965年の日韓基本条約締結までの間は、原告らは上記条例等韓国側の法令の存在にもかかわらず日本では無国籍として扱われていたのであって、被告の主張はやはり一貫していないというほかない。
【原告「準備書面1」答弁書について、9】
原告は,日本国籍を喪失したことについて慰謝料請求をしており,これは,国家賠償法(以下「国賠法」という。)に基づく請求であると解されるところ,公務員のどの行為について国賠法上違法であると主張するものか明確ではないが,本件通達の発出行為について,国賠法上違法であると主張するものと解される。
しかしながら,上記2で述べたとおり,原告が(出生により日本国籍を取得したとして)その後日本国籍を喪失したのは,平和条約の発効によるもので,本件通達によるのではないから,原告の日本国籍喪失について,本件通達の発出行為が国賠法上違法と評価されることはあり得ない。
したがって,原告の慰謝料請求に関する主張も,その前提を欠くもので理由がない。
【「答弁書」第3、4】
この点については4において述べた。
以上
【原告「準備書面1」答弁書について、10】
以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないから,すみやかに棄却されるべきである。
【「答弁書」第4】
原告の父金晶及び母姜息粉が,1950年当時,朝鮮戸籍令の適用を受け,朝鮮戸籍に登載されていることを裏付ける資料を書証として提出されたい。
【「答弁書」第5】