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平成24年行ノ)第48号 国籍確認等上告受理申立事件
申立人 [申立人の項以下省略]
相手方 国

上告受理申立理由書

2012年6月7日

最高裁判所  御中
(取扱 東京高等裁判所第5民事部)

申立人訴訟代理人 張 學鍊

法令解釈の誤り

原判決は、昭和36年最高裁判例に全面的に依拠し、本件国籍剥奪処分がサ条約2条(a)項によるものだとしたうえで、その対象者が朝鮮戸籍に登載されあるいは登載されるべきものであるとしているが、これは、以下に述べるように法令解釈を過った[誤った]ものである。なお、追って補充書面を提出する予定である。

1 戸籍基準の不合理性

最高裁判例は、特段の説明もなく、サ条約2条(a)項において朝鮮という領土に対する主権を放棄したことに伴い、対人主権も放棄したものととらえ、対人主権の放棄は朝鮮に属すべき人の日本国籍を喪失させることを意味するとしたうえで、朝鮮に属すべき人というのは、韓国併合後において日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を持った人と解し、それを朝鮮戸籍例の[朝鮮戸籍令の]適用を受けあるいはこれに登載されるべき人であるとするのである。

しかしながら、第1審から原審に至までの[至るまでの]審理の中で申立人が主張してきたように、朝鮮に属すべき人というものが、当然に朝鮮戸籍に登載されあるいは登載されるべき人であると結論するのは、明らかに早計であり、慎重な検討を経たものとは到底言えない。

すなわち、当時の戸籍制度は、旧来の家制度の思想を基盤として成立しており、内地戸籍朝鮮戸籍いずれに属するかの決定基準は、この家制度の思想を前提としていたのである。

したがって、血統的には内地人である日本人女性が朝鮮戸籍に登載された日本人男性と婚姻した場合には、当時適用されていた共通法に従い原則として日本人女性が朝鮮戸籍に登載されることとなったのであるが、これは、女性が他家に入るという思想を前提としていたものといわざるを得ない。

しかしながら、国籍という法的に厳密な定義を離れて一般常識で「何人(なにじん)」と決定する基準は、むしろ血統や言語を含む文化なのであって、婚姻しただけで人種や民族が変更されるという認識は恐らくないと思われる。そうであるとすると、上記最高裁の基準は、この一般常識的な基準さえも無視した非常識的な基準となるのであって、国籍について何らの言及もないサ条約の解釈基準としてそもそも妥当なものとしての前提を欠いているものといわざるを得ない。

また、本件は、植民地の独立という歴史的事象に伴って引き起こされた処理の過程での出来事であり、その場合、最高裁も認めるように処理の仕方は種々あり、確立した国際法上の原則さえないというのであるから、特定の処理方式が解釈として「正しい」解釈であるとされる根拠は、もともとないのである。

2 日華基本条約に[日華平和条約に]おける判例との不整合

既に原審において主張してきたように、同じ植民地出身者である台湾出身者の台湾独立に伴う国籍処理における最高裁判例は、上記の様な処理と明らかに異なっており、判例相互間で矛盾が生じている。

すなわち、昭和37年12月5日最高裁大法廷判決は、上記の昭和36年最高裁判例と類似の事案において、本件と同様の規定であるサ条約2条(b)項によらず、その後に締結された日華平和条約の発効に伴って日本国籍を喪失したと判断しており、明らかに昭和36年最高裁判例に矛盾した判断をしている。

このことは、到底常任の[常人の]理解できるところではなく、朝鮮と台湾は違うなどという論理は、法律論としては全く成り立たないこと、素人目にも明らかである。

最高裁は、この期に及んでなお朝鮮と台湾は違うなどというのであろうか、サ条約2条の(a)項と(b)項との間にいかなる規定の差異があるのであろうか?ぜひとも誰にでも理解できる論理を持って説明してもらいたいものである。

3 北方領土問題における処理との矛盾

第一審で主張したように、サ条約2条は(c)項において、ポーツマス条約で領土主権を獲得したいわゆる北方領土に対する主権の放棄を規定しているが、下級審裁判所(旭川家裁昭和41年3月30日審判家月18巻10号72頁、釧路家裁網走支部昭和43年12月24日審判家月21巻6号74頁)は条約発効時にこの領域に居住していた旧樺太原住民の日本国籍を剥奪する処理においては、日本国籍を喪失させる処理をしておらず、この点も裁判所において明らかに矛盾した実務がなされており、最高裁としては、この点についても責任を持った理由の説明をすべきであり、それができないのであれば、判例を変更すべきである。

4 過去の日本の処理先例との不整合

やはり第一審で主張したように、日本は、1875年5月7日にロシアとの間でいわゆる樺太・千島交換条約を締結しているが、その歳子の条約の中で[その際この条約の中で]住民の国籍問題に触れ、住民が従来の国籍を保有しうることを定めているし、原住民については、その後締結された同条約の附録条款の中で領土の変更が住民の国籍に影響を及ぼすことを認め、国籍選択権を与えている。

また、日清戦争の戦後処理として1895年4月17日に締結されたいわゆる下関条約において、遼東半島・台湾・澎湖諸島の日本への割譲に伴う住民の国籍得そ喪について[国籍得喪ついて]、第5条で規定し、当該地域の住民が2年以内に不動産を処分して退去しない場合、退去しない住民を日本国民とみなすとの規定がおかれた。

このような処理に照らせば、これまでの日本の先例においてさえ、領土の変更に伴い国籍の変動が当然に生じるわけではなく、国籍の変動が生じる場合でも、当該領土の住民に国籍の選択を与える余地があり、その場合には条約に明文がおかれることとされてきたのである。

そうであれば、サ条約2条(a)項の処理の時にのみ突然国籍の変動が当然であるとか、国籍選択権が認められないなどとする処理が妥当な解釈として成立する余地は全くなく、このような見解は、まさしく独自の見解(むしろ後述するように行政追従)として論難されるべきであって、最高裁の独善としか評する言葉を知らない。

まして、上記先例が現行憲法の施行前であり、本件が施行後であることからすれば、国籍を剥奪される側の利益がより厚く保護されなければならないにもかかわらず、むしろ粗雑きわまりない処理をしてしまったことについては、最高裁の人権感覚の欠如を指摘しないわけにはいかない。

5 サ条約の直接適用可能性について

既に何度も触れているように、原判決ないし昭和36年最高裁判例は、サ条約2条を日本国内において直接適用しているのであるが、この行為には、条約の国内効力について以下に述べるような重大な誤りを含んでいる。

すなわち、一般に条約を国内で適用するには、条約の国内的効力及び直接適用可能性がなければならず、国内的効力が肯定されるとしても、直接適用可能背が[直接適用可能性が]なければ、これによって個人の権利義務を創設することはできないとされている。

そして、条約の国内適用可能性の判断基準としては、主観的基準及び客観的基準が考えられ、前者は主に当事国の意思、後者は明確性外もっぱら国家間の関係を規律する条約であるかどうかなどとされている。

この点、本件で問題とされるサ条約2条(a)項は、いずれの基準に照らしても国内適用可能性がなく、原審判決の論理は破綻している。

すなわち、同条約の締結交渉においては2条に関連して国籍変動させることは全く協議されておらず(並行して行われていた韓国との間の交渉では、日本に居住する朝鮮人の国籍が問題となっており、日本政府はここで国籍問題の処理をすることとしていた)、国内で実施するための何らの措置も規定されていなかったのであるから、当事国の主観としても国籍剥奪の意思を有していなかったことは明らかである。

また、明確性の点では、国籍に関する言及すらないのであるから、判断基準を読み取れない以上、この要件を満たしていないこと誰の目にも明らかである。

したがって、理論上サ条約2条は、国籍変動の規定としての直接適用可能性が欠落しており、これによって申立人の国籍を剥奪することはどだい無理なのである。

6 法システム体系上の問題について

原判決は、条約の直接適用によって国籍の変動を導いたが、既に述べたように、当該条約には国籍に関する明文の規定は一切なく、解釈基準を読み取ることはできない。

そうであれば、法システム体系上、国内で条約規定を実施するためには、国内で実施するための関係法律が整備されるのが通常であり、ここまで抽象的かつ基準のない規定を直接執行することはあり得ない。

仮に、直接適用可能であったとしても、その解釈については、国籍という観念の各方面への影響を考えて、閣議決定されたり政令が発せられるのが当然不可欠であり、本件の用に[ように]個別省庁の一局長の内部通牒によって初めて概念規定が明確にされる筋合いではない。

このような処理になった理由は、同局長の所管である戸籍事務の実務上の要請のためであるというのが、実際の所である。

つまり、朝鮮戸籍の原簿は地方の役所つまり朝鮮半島におかれており、国家が直接管理する制度になっていなかったために、朝鮮の独立に伴い、朝鮮戸籍に登載され、あるいは登載されるべき者について、日本政府がその名簿を利用管理することが事実上できなくなってしまったために、これらの者が日本国籍者であるとする根拠が事実上失われ、管理しようがなくなってしまったために、外国人として扱う必要が生まれ、その説明原理としてサ条約が援用されただけの話であって、このような事情は、日本の敗戦直後から生じていたことであった。

したがって、本件で問題となっている通達は、こうした状況について一定の解決を現場に与えるために出されたものに過ぎないわけであるが、愚かなことに、最高裁はこれがあたかも条約の正しい解釈であるかのようにお墨付きを与えてしまったのである。あまりにも情けない行政追従といわざるを得ない。

以上


原典について


Copyright(C) 2012-2013 日本国籍のなしくずし剥奪を許さない会
公開日:2012年8月19日、最終更新日:2013年1月4日
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