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平成22年行ウ)第508号 国籍確認等請求事件
原告 [原告の項以下省略]
被告 国

準備書面2

2011年5月9日

東京地方裁判所民事第3部 御中

原告訴訟代理人弁護士 張 學鍊

第1 答弁書ないし被告の態度についての批判

1 憲法違反の論点について

原告は、訴状において、サ条約2条(a)項の解釈に関する最高裁昭和36年大法廷判決の批判を展開し、その根拠として、①憲法10条違反、②戸籍基準の矛盾、③日華基本条約との[日華平和条約との]不整合(判例の自己矛盾)、④北方領土問題処理との矛盾、⑤過去の日本の先例との不整合、⑥憲法13条違反、⑦14条違反を掲げた。

しかしながら、これに対する被告国の答弁は、論理的な反論は全くしていないに等しく、単に同語反復的にサ条約2条(a)項により対人主権を放棄したのであり、朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄するということは、日本の国籍を喪失すると述べて、朝鮮戸籍例の[朝鮮戸籍令の]適用を受け、朝鮮戸籍に登載された人がその対象となるとしているのみであって、それ以上には憲法論に触れようとさえしていない。

原告は、この点について準備書面1で被告に対してきちんと反論をするように求めたが、被告は敢えて反論しようとしなかった。

特に、被告は、憲法違反の主張が本件通達に対して向けられたものであるとして、国籍の剥奪がサ条約により直接なされたということを前提に、反論を露骨に回避している。しかしながら、準備書面1で述べたように、仮に昭和36年の判例の立場に立ってサ条約が直接国籍の剥奪を規定したとしても、憲法と条約の効力の優越関係について憲法優位説を採れば、サ条約の規定についても憲法上の問題が生じることは明らかである。

そもそも、本件の解釈の前提として、対人主権の放棄という概念が問題であり、権利の放棄という擁護からは[用語からは]、権利者が一方的に放棄することが可能であるかのように響くが、ことが国籍の変動ということになると、それは人権の問題に直結するのであって、対人主権を放棄したのであるから国籍が剥奪されて当然などという議論は、全く暴論というほかない。

なお、対人主権の放棄の点については、追って詳述する。

2 昭和36年最判擁護の点について

答弁書は、まず、昭和36年最判を擁護するに当たって、単にその論理が合理的な解釈であるとし、それが他の最判で踏襲されているという事実のみをもって擁護している。

なるほど判例として確立しているという点についてはこれで一応の説明になるが、これでは合理的であるかについては全く実質的な説明ができていないし、憲法上の問題がどうであるかについては、論じることすら回避している状態である。

次に、朝鮮に属すべき人の決定基準としての朝鮮戸籍の援用の点について、被告はやはり昭和36年最判の論理を援用しているが、ここでの論理は国内結婚の話と国際結婚とを同一視する非常識な議論であるし、昭和36年最判の事案の血統的には朝鮮とは縁のない内地人女性の事案について、到底合理的かつ妥当な解釈であるとは言いようがない。

さらに、日華基本条約との矛盾に関する点については、露骨に最判の立場を援用擁護しているが、ここまでくるともはや論理にすらなっていない。最判昭和37年は、本来台湾人としての地位を有するものについて、本来は朝鮮人と同一の処理をすべきであるが、別途中華民国との間の平和条約が締結されたから、そちらによって日本国籍を喪失しているというのであるから、結局中華民国との間の平和条約によって日本国籍を喪失すると結論しているとしか考えられず、昭和36年最判との矛盾は無視されているのである。

加えて、北方領土における処理との矛盾の点については、判例としては下級審しか出ていないのであるから、最判との矛盾を論じられないと主張している。しかしながら、問題は下級審ではなく、国の立場がこの家裁の立場と同じ立場なのであることにある。したがって、被告国は、昭和36年最判を擁護するのであれば、国の北方領土に関する処理について自ら誤りを認めなけれぱならないはずであるが、むしろその逆である。

また、過去の日本の条約における処理との齟齬に関する点については、領土の変更に伴う国籍の変動に関し、やはり昭和36年最判を援用して、国際法上で確定した原則がないのであるから、条約の発効により国籍の変動が生じないということができないなどとして、むしろ昭和36年最判が陥った陥穽に自らはまり込んでしまっている。なぜなら、そうであるとすれば、昭和36年最判が、国籍について一言も述べていないサ条約2条(a)項について、何故に国籍の変動が規定されていると言い切ることができるのか、全く説明できないはずだからである。

最後に、サ条約が国籍変動にかかる当事国を除いた条約である点については、非当事国である南朝鮮過渡政府が臨時条例において韓国国籍を認めているから無国籍にならないなどと主張しているが、これがそもそも半島北部の政府(いわゆる北朝鮮)との関係では何も語っていないことに加え、現在に至っても韓国国籍を積極的に取得しないいわゆる朝鮮人については、無国籍者として扱っているという事実を完全に無視したものであって、論理的には全くの欠陥を有するというほかない。

このように、露骨な論理的欠陥をさらし、その点を準備書面1で論難されていながら、被告国は何ら反論をしようとしていないのである。

第2 主張の補充

1 まえがき

原告としては、そもそも論点が論点として議論すらされない状況で、ただただ大法廷の判例があるという被告の態度について、率直に言って絶望に似た情けなさを禁じ得ない。

本件での主題は、どこまでいっても自国民から国籍の剥奪をすることが可能であるか、それはいかなる場合に可能であるか、ということである。

確かに、領土は政府の行為によって割譲したり、あるいは一部の地域が独立するなどの変動があり、それは法律的には政府の行為として、直接的には個々人の人権と直接に切り結ぶわけではない。

しかしながら、国籍の変動ということになれば、国民が国籍を保有することを人権とする立場を前提にすれば、憲法上の人権規定に照らし政府が恣に決定することは、少なくとも現行憲法下では絶対にできないはずである。しかし、本件の事案は、条約の締結の過程において、当時国間で[当事国間で]全く話し合われてもいない国籍の問題を、突如法務府の一局長が通達を発することによって剥奪してしまったということにほかならず、憲法上大いなる疑義が出ない方がおかしい。

国籍を保有する利益の人権としての側面については、2008年6月4日の最高裁大法廷判決(国籍法3条違憲訴訟)において

「日本国籍は、我が国の構成員としての資格であるとともに、我が国において基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。一方、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは、子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって、このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討することが必要である。」

と述べている。ここでいう、「慎重な検討」とは、容易なことでは合理的な理由があるとは認めないということであり、国籍という法的地位の重要性に鑑み、本人の意思や努力によらない根拠による差別的取扱に対し、憲法14条との関係でセンシティブであるべきであるとの見解を披瀝したものということができる。

ひるがえって、昭和36年最判は、この観点から見ると、いやしくも基本的人権の保障を謳った日本国憲法が施行されて数年が経過した時点において、本人の意思にも努力にもよらない理由によって国籍の変動、しかも既に有している国籍を剥奪するという極めて不利益な処分をするについて、そこには何らの感受性も認められない。

本件でベースとなっているサ条約に基づく国籍剥奪は、昨日今日植民地となった地域が独立したといった教室設例のような単純な事象を対象にしているのではない。

朝鮮との関係で見ても、日本が当時の大韓帝国を正式に併合し外地人ないし朝鮮人といわれる日本国籍者が生まれたのは1910年のことであり、サ条約の発効が1952年であるから、その間42年という半世紀にも近い年月が経過しているのである。

そして、その間に日本人として朝鮮半島から渡航したいわゆる朝鮮人らが、日本に定住し、職を持ち、地域生活を営み、通婚するなどして世代すら重ねているのであり、そうした法律関係を前提として生活関係が複雑に構成されている状況下で、単に戸籍上(これは人種の観点といって良い)朝鮮の戸籍に登載されているからといって、日本で居住する者まで有無をいわさず日本国籍を一律に剥奪することは、憲法14条が禁じた人種なかんずく出自・血統ないし出身地による差別に他ならず、どこからどうみても今日の最高裁の立場ないし見識と相容れるものとは考えられない。

実際、原告は両親が朝鮮出身者、すなわちふるさとが朝鮮半島というだけであって、本人自身は日本人として日本で生まれ育ち、日本以外に渡航したこともない、まして韓国訪問すらしたことのない人間なのである。こうした人物に対して親が朝鮮人だから民族的に朝鮮人であり、祖国が独立した以上、一方的に本人の意思確認や選択なしに一旦出生によって与えた国籍を剥奪するという政府の行為が、人権保障の観点からおよそ許されるのであろうか。

原告が問いたいのは、この最高裁の両判決における落差である。

国籍法3条1項の場合は、本人の意思・努力によらない理由による差別に対して厳しい態度をとりながら、サ条約の場合には、何らの規定も置かれなかった条文を、解釈と呼ぶに全く値しない論理で無理矢理解釈して差別をしようとした(行政による差別を追認した)その理由は何なのかということである。

2 サ条約の国内効力について

ここで、あらためて光を当てておかねばならない法律上の重要問題がある。

それは、サ条約の国内的効力の問題である。昭和36年の最判がサ条約2条(a)項について、国籍剥奪という直接的効力を肯定しているわけであるが、これは、同条項の国籍の側面について執行ないし国内適用について国内法が一切制定されていない以上、条約の国内での直接適用をしているということにほかならない。本件を論じる上で、この条約の国内的効力は法律上の大前提となるものである。

この点につき、国際法を専門とする岩沢雄司現東大法学部教授によれば、条約が国内的効力を持つということと、国内において直接適用可能性を有する(講学上いわゆる self-executing の問題として論じられているが、意味はやや異なる)ということとは厳密に区別されなければならず、国内的効力が肯定されるとしても、それは直ちに同条約が特段の国内法における立法を経ないで直接適用可能であるということにはならない(甲11[註1]、283頁)。

ことに、個人の権利義務を創設する規定については、この直接適用可能性が重要な問題となるのであり(289頁)、直接適用可能性がない限り個人に権利義務を創設することはできないのである。

ここで、国籍の剥奪は、直接的に個人に権利義務を創設するものではないが、むしろ前記国籍法3条違憲訴訟判決の最高裁の立場によれば、国籍は様々な権利の源泉となる重要な法的地位であるから、むしろより一層直積的可能性の[直接適用可能性の]議論により保護されなければならないこと、改めて強調する必要もないであろう。

次に、サ条約同条項の国内適用可能性を判断するための基準についてであるが、これには主観的基準及び客観的基準が考えられ、前者は主に当事国の意思であり、後者は明確性ほかもっぱら国家間の関係を規律する条約であるかどうかなどがある(296頁以下)。

サ条約2条(a)項の国籍に関する側面については、上記のいずれの基準に照らしても国内適用可能性がないことは明らかである。

すなわち、同条約締結の際に国籍の話は全くされていないし、国内で実施するための何らの措置も規定されていないから当事国の主観としても国籍剥奪の意思を有していなかったことは明らかであるし、既に述べてきているように国内で実施(本件では、国民から国籍を剥奪する側面に限定して述べている)するに文言にすら成っていないから明確性の点でも明らかに無理であるし、同条項は誰が見ても領域に関する規定であって、もっぱら国家間の関係を規律する条項である以上、国内で直接適用される余地がないことはほとんど自明である。

なお、韓国との間ではサ条約の締結と並行して交渉が進められており、その中で日本に居住するいわゆる朝鮮人の国籍が問題となり、そこ[その]協議の場において日本政府はいわゆる朝鮮人の国籍問題を処理することとしていたのである(甲13[註2]10・11頁)。

実際、甲11の文献では昭和36年最判の事案を取り上げて細かく検討しており(34頁)、学説も当初は領土変更に伴う国籍の問題は、日本と関係諸国との間の今後の取り決めによって解決せられるべき問題であると考えていたこと、連合国側もそのように解決されるべきだと考えていたことが紹介されており、国籍の問題については平和条約に何の規定もないと明確にされていたことが明らかにされている。そして、あろうことか、この特別の取り決めが締結されない状態が続くにつれ、学説の側が変節し、本件で問題となっている通達を「追認」するに至ったという経緯さえも紹介されている(なお、条約について直接適用可能な条約とそうでない条約があることについて、日本国憲法の審議過程で政府が明確に認識していたことも重要である。これについては甲11、42頁)。

なるほど、こうした学説の変節の根拠としては、当時の世相・情勢もあり、政治的には日本が大韓帝国を植民地支配し、同国の国民に対していわば日本国籍を強要し、反面では朝鮮戸籍を適用することで差別を制度的に温存させ続けてきたということに対する反省があり、いわゆる朝鮮人に対して日本国籍を強要することは妥当でなく、したがって日本が正式に朝鮮半島に対する主権を放棄した(植民地支配を放棄した)という時点で、日本国籍を強要することをやめるのが妥当であり、背景に植民地支配という歴史的事実がある以上、国籍を強要することをやめる対象は当然いわゆる朝鮮人であるという考え方があったのかも知れない(甲12[註3]、211頁は正にこの主張を裏付けている。なお、木棚照一著「逐条註解国籍法」(日本加除出版刊)においても、同書82頁に原状回復という思想に基づくという下りが[件(くだり)が]ある)。

しかしながら、ここには、個人の人権という視点が全く欠落しているのである。仮にそのような価値判断が当時双方の国家によって政治的には是認されていたとしても、そのことと、個人の国籍を保有する利益ひいては居住する国において政治的法的に完全な存在として生きる利益を剥奪することとは全く別の問題であり、行した点に[こうした点に]光を当てることこそが人権論であり、法律家に与えられた使命なのである。ましてや、昭和36年最判の事例は、上記の価値判断に基づき朝鮮戸籍に入っているものを国籍剥奪の対象とすべき朝鮮人であるとしたために勝手に朝鮮人扱いされてしまった個人の救済にかかる、正に人権問題の真骨頂を発揮すべき事案であったにもかかわらず、この叫びをも黙殺してしまったところに、昭和36年最判の犯罪的ともいうべき行政追随の姿勢を看取せざるを得ない。

なお、朝鮮人との婚姻によって朝鮮戸籍に入った者について、婚姻により民族的に朝鮮人になったのだから純粋に血統的に朝鮮人と同じく取り扱われても当然だという見解の存在が想定されるが、このような見解はもともと事実的根拠がないだけでなく、法律的に見ても、家制度に基づく「戸」単位で個人を特定の民族に属するものと擬制するという考え方は、日本国憲法の施行に伴い憲法24条により、個人の独立を否定するものとして明確に否定されているから、この見解は成り立ち得ない。

この観点からは、昭和36年最判が、(特に婚姻や養子縁組によって内地戸籍から朝鮮戸籍に入った事案について)憲法24条にさえ違反する疑いが強いことがうかがわれるのである。

とにもかくにも、元々条約締結時に議論もされていなかったし規定も置かれなかった国籍剥奪について、行政の根拠不明な通達による解釈(そもそも政令すらもないどころか、法務大臣名の省令(サ条約発効当時では法務府であるので府令であろう)ですらない)を追認するなどということは絶対にあってはならない話であり、これでは法治主義は完全に放棄されたことになるであろう。

いずせにせよ、昭和36年最判がこの問題について全く理解していなかったこと、それにより致命的な法的欠陥を有するに至ったことは誰の目にも明らかである。

3 対人主権(の放棄)の意義について

次に、被告は、サ条約2条(a)項は、いわゆる領土主権と対人主権を放棄したものであり、対人主権の放棄の意義については、当該国の国籍者がその国の主権に服するものであるから、その者に対する主権を放棄するということは、国籍を剥奪することになると主張している。

しかしながら、そもそも領域に関する規定によって(明文が置かれていない)対人主権を当然に放棄したという論理ないし解釈が果たして成り立つのであろうか?被告の主張には、以下のようにこの根本的な疑問に答える説得力も論理もない。

すなわち、植民地が独立するような場合には、当然宗主国はその地域についての領土主権を必ず放棄ないしあきらめざるを得ないのであるが、仮に被告の論理が正当であれば、領土主権の放棄により直ちに対人主権を放棄することとなり、さらに直ちに国籍を剥奪するという結果になるということになるはずであるが、被告も認めるようにそのような事例はむしろ例外であり、そもそも通常はそのような処理をしていないのであるから、解釈によって対人主権を放棄したとし、それによって直ちに国籍剥奪の効果が生じるなどという論理が成り立つ余地はないのである。

さらに、このような対人主権の放棄という概念をこのように安直に使用して良いものかというのがより根本的な疑問である。

既に述べたように、権利一般は権利者によって一方的に(ないし単独で)放棄されることが可能というのが、法律の一般的な考え方であるから、自国民から国籍を剥奪する措置を、対人主権の放棄という表現に置き換えることは、国籍の剥奪について国籍による国家と国民との紐帯の国家が国民に対して権限を行使するという一面的側面のみに着目させ、あたかも権利の放棄の一種であるという誤解を与える意図に出たものというほかない。

ちなみに、本件でも引用されている江川英文著「国籍法」(有斐閣法律学全集)(甲12)には国際法的原因による国籍の変更の編があり、領土の変更に伴う国籍の変更についての解説が置かれているが、領土の帰属関係に変更が生じた場合に国籍が変更されることがあることが記載されてはいるものの、その説明において対人主権の放棄などという概念は一切紹介されていない。これは、人権についてとやかく言われなかった時代からそうだったのであり、もともと対人主権の放棄によって当然に国籍変動(剥奪)の効果が生じるなどという議論はない。

つまり、いかなる解説書によっても、領土の変更に伴って国籍変動が生じることは良くあることであることは認めつつも、その処理は多様であり、いかなる事案も一方的な対人主権の放棄などという理屈によって説明されたことがないことが明らかなのである。

また、そもそも国家には自国民を保護する義務も国際法上普遍的に認められているのであって、国家がおよそ自国民に対する保護義務を一方的に放棄できるなどという議論は存在しないし、あったのであれば国家の義務などという概念は必要なくなってしまうし、憲法による人権の保障も全く空文と化してしまうのであるのである。

その意味で、被告あるいは昭和36年最判の論理は、全く独自の論理であって、法的に無理な構成であるというほかなく、正しい解釈などという水準の議論ではない。

4 戸籍基準の問題性について

昭和36年最判は、朝鮮に属すべき人として朝鮮戸籍に登載された人と判示した訳であるが、甲10号証[註4]に明らかなように、原告は実は朝鮮戸籍に登載されたことはなかった。

これは、日本の敗戦により朝鮮が事実上日本の支配を離れたことに伴い共通法が効力を停止し、少なくとも原告が出生した時点で朝鮮戸籍に登載されるという作業が既に行われていなかったことによるものである。

この関連で、戸籍基準というものを検討すると、既に明らかなように論理的な体裁はどうであれ、昭和36年最判は本件通達をそのまま追認したものであるが、何故に国籍剥奪という処分が民事局長通達という形で実施されたのかという点については、実は戸籍実務上の問題に理由があったのであり、国籍の問題とは直接関連がないのである。

すなわち、上記のように、共通法は日本の敗戦とほぼ同時期に効力を停止しているが、戸籍実務は従前と同じように動いており、異常な事態となっていた。つまり、旧植民地出身者男性と日本人女性が婚姻した場合、日本人女性は共通法の規定により内地戸籍からは除かれていたのである。

これが、一般の外国人との婚姻であれば、単に内地戸籍に外国人と婚姻したという事実が記載されるだけであるのに、戦後からサ条約までの間はいわゆる朝鮮人が日本国籍を有しているという前提があったために、共通法により日本人女性の戸籍が消除されてしまっていたのである。

反対に、朝鮮戸籍を含む外地戸籍は、事実として植民地が独立してしまった以上、既に日本の管理下にはなかった。つまり、日本人の名簿であるべき戸籍簿自体が外地戸籍分についてはそっくり日本が管理を喪失してしまったという事態が生じたのである。これはつまり、外地人については日本人であるという建前こそあるものの、その名簿がないため、全く把握できないし、何らの証明も出せないという自体に[事態に]逢着していたのである。

したがって、戸籍の移動原因が[異動原因が]生じていながらその移動を[異動を]反映させることができないし、外地戸籍分については日本政府が把握できないという事態が続いており、そのような事態に直面してサ条約の発効に際して戸籍事務を扱う民事局長が戸籍事務の取扱方の指示のために本件通達を発し、それまでの矛盾に満ちた状況に実務上終止符を打ったというのが実際の所なのである(甲13、9頁以下)。

甲13の佐藤文明氏が正しく指摘するように、サ条約の発効当時の日本は、既に国籍を剥奪すべき対象すら把握できないし、さりとて内国人としての外地人を外国人としての登録もできないという異常事態だったのである(実際には、1947年に外国人登録令が発令された際、内地戸籍の適用のない者については当分の間外国人とみなすという理解しがたいみなし規定がおかれ、事実上外国人としての管理はスタートしていた)。

であるから、やはり民事局長通達はどこまで行っても国籍そのものをどうこうする意図はなく、勝手に国籍変動があったと解釈してそれまでの取扱の矛盾を解消したまでのことであり、昭和36年最判は、愚かにもその意図を知らず、一民事局長の判断にすぎず法的根拠のない国籍剥奪を合理化しようと、無理に理屈をこね上記のような法律的な過った[法律的に誤った]解釈を展開し、これを定着させてしまったのである。

まさに愚かというほかない。

5 結語

過てば則ち改むるに憚る事なかれという論語の言葉があるが、如何に権威を認めるべき最高裁大法廷判決であっても、ここまでのでたらめな裁判例を現行憲法下で認め続けることは、それ自体が司法の権威を日々傷つけることになると考える。

裁判所におかれては、常識で理解できる判決をなされんことを期待する。

以上


引用者註

[註1]甲11

甲11号証:岩沢雄司/著『条約の国内適用可能性:いわゆる“SELF-EXECUTING”な条約に関する一考察』有斐閣、1985年刊。

同書は次のように述べている。

日本国憲法の下では、九八条二項が条約に「国内的効力」を認めたものかどうかが論議された。[中略]砂川事件を契機として、学説の関心は、条約の国内での「序列」(国内法との優劣関係)、特に憲法との優劣関係に集まり、条約優位説と憲法優位説が対立した。またこれに関連して、条約が違憲審査の対象となるかという問題も論議を呼んだ。条約の「国内適用可能性」については、わが国でも self-executing という用語が広く用いられているが、その研究は十分なされているとはいいにくい。
【岩沢雄司『条約の国内適用可能性』4ページ】
条約の「国内的効力Geltung)」と「国内適用可能性Anwendbarkeit)」は、はっきり区別される必要があるように思われる。条約が国内的効力をもつとは、条約が国内法に受容されて国内で法として妥当する(gelten)ということである。条約が国内で直接適用可能であるとは、条約が国内で直接適用されうるということである。憲法が一般的に条約に国内的効力を認めていたとしても、すべての条約が直接適用可能というわけではない。
【岩沢雄司『条約の国内適用可能性』9ないし10ページ】
[註2]甲13

甲13号証:「佐藤文明講演録」(講演日:2010年12月4日)。

同講演録10ないし11ページの国籍問題をめぐる日韓交渉に関する言及参照。

[註3]甲12

甲12号証:江川英文山田鐐一早田芳郎/著『国籍法〔第3版〕』法律学全集59-Ⅱ、有斐閣、1997年刊。

[註4]甲10号証

甲10号証:朝鮮戸籍の除籍謄本。

原典について

  • この文章は、2011年5月9日付けの原告「準備書面2」を原典として、明示した省略部分を除く全文をhtmlファイルに再構成したものです。
  • この原典から原告の項を一部削除し、pdfファイルにした「原告準備書面2(pdf)」(172キロバイト、全14ページ)を掲載しています。

Copyright(C) 2011-2013 日本国籍のなしくずし剥奪を許さない会
公開日:2011年6月12日、最終更新日:2013年1月4日
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