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平成23年(行コ)第287号 国籍確認等請求控訴事件
控訴人 [控訴人の項以下省略]
被控訴人 国
2011年10月24日
東京高等裁判所5民事部Xイ係 御中
控訴人訴訟代理人 張 學鍊
控訴人の主位的な主張である通達による国籍の剥奪という主張について、原判決はこの主張を排斥するにあたり、控訴人の国籍が平和条約2条(a)項において対人主権を放棄したことによって変動したとし、その理由として昭和36年最高裁判決の理由を事実上援用しているところ、具体的には、そのように解したとしても国際法上問題とすべき点があったとは認められないというにとどまっている。
しかしながら、原判決によれば、領土の変更における国籍変動の問題については確定した国際法上の原則がないというのであるから、平和条約の領土に関する第2条(a)項の条文の解釈として、その国籍変動の側面について内容を解釈として一義的に確定することはできないはずであり、この点で原判決は根本的に論理矛盾を起こしているというほかない。
加えて、控訴人は、原審準備書面2の第2、2において条約の国内的効力(直接適用)の問題についても主張しているが、原判決はこの点についてほとんどまともに論じることなく、簡単に「適用上の問題が生ずるとはいい難い」としている。
しかしながら、上記準備書面で論じたように、条約の直接適用可能性を論じるにあたっては、単にその国内的効力が肯定されるだけでは足りず、国内に直接適用することに向けられた当事国の主観あるいは国内立法を経ないでも適用できるだけの明確性がなければならないのである。
この点、同条約の締結過程の議論あるいは文言のいずれに照らしても、こうした要件が完全に欠落しているのであるから、明らかに国籍については直接的効力が欠如しているといわざるを得ない。
にもかかわらず、原判決は、上記のように単純に結論を導いているのであるから、明らかに手抜きの判決という批判を免れることはできない。
加えて、法システムの必然あるいは常識という観点からも、原判決については次のような批判が可能である。
すなわち、原判決は条約の直接適用(解釈)による国籍の変動を導いているところ、条約が文言上国籍に明示的に触れていない以上、原判決も認めるように領土の変更に伴う国籍の処理については多様なあり方があるのであるから、当該条文について各実施官庁がその解釈・処理に不一致・矛盾を生じないように統一し論理的一貫性を維持する必要があることはいうまでもない。そして、そのためには、政府全体としての意思決定が必要であり、通常その形式としては閣議決定ないし政令が採用されている。
しかしながら、本件条約の実施に当たってそうした措置は一切とられておらず、省令すら欠いている状態で個別の省庁の一介の局長の発出した内部通牒に過ぎない通達によって変動の取り扱いがなされているのである。
こうした取り扱いは、少なくとも日本における法システムのあり方として、絶対にあり得ない、いや、あってはならない方式・態様というほかない。
この程度のことは、いやしくも法律の専門家である裁判官であれば、分からないはずがないという点も、念のため指摘しておきたい。
控訴状に述べたように、原判決は、同条約の憲法との抵触問題については、控訴人の主張が、通達によって国籍が剥奪されたというものである以上、条約の直接的効力によって国籍の変動があったことから憲法問題は生じないとしている。
しかしながら、このような主張の整理は、控訴人の主張を敢えて矮小化して完全に議論を回避しているといわざるを得ない。
この点について、原判決は、わざわざ「弁論の全趣旨に照らし、原告が、以上と異なる前提に立つものとは解し難い」としているが、どう考えても控訴人の主張・意図するところを意図的に歪曲していることは明らかである。
控訴人は、原審準備書面1の3頁目において、仮定的主張として、憲法各条違反の点について明確に「本件国籍剥奪がサ条約により直接なされたものであっても、その論理は同様に妥当する」と主張し、被控訴人に反論を促しているのであるから、弁論の全趣旨に照らし、この点を主張していないなどと主張整理することは到底できないはずである。したがって、原判決には主張の整理における誤りがあり、そのため訴訟指揮の不全、判断の脱漏を来している。
なお、憲法違反の点については、原審においてほとんど議論されていないので、現時点では原審での主張を援用する。
さらに付言するに、原判決は、同条約により日本国籍を喪失した朝鮮人が、無国籍状態になったという点について、「平和条約の発効によりある者が日本国籍を喪失するということと、その者がその後の他国等における国籍に係る法律関係のいかんとは、別個の事柄」として切って捨てているが、この問題は、憲法10条または13条の問題であることあきらかである。
すなわち、憲法は、国籍という重要な法的利益に関わることを法律の定めなくして変動させてはならないということを同10条で定めているのであり、この条文は、いわば憲法13条で裏打ちされた国籍を保有する利益の制度的保障ともいうべきものである。この考え方に立てば、個人の国籍の変動により無国籍状態とすることが、憲法上問題となるという論理を導くことができる。
そうであれば、原判決はこうした点についても全く看過してしまったものといわざるを得ない。
いずれにせよ、被控訴人は、平和条約の直接的効力によって国籍変動の効果が生じたという立場であっても、なお原審における控訴人の憲法10条、13条、14条違反の点について、原審の控訴人の主張に対応した認否反論をすべきであり、控訴審においては、この点についても十分な審理を尽くした判決をしていただきたい。
また、控訴人は、原審において上記判例に内在する根本的問題である、①台湾人の国籍変動について日華基本条約を基準とした論理的抵触問題、②北方領土放棄に伴う国籍変動処理がなされていない問題、③過去の日本の領土変更に伴う国籍処理との抵触についても主張しているが、原判決は、単に朝鮮におけるものとは基礎となる事情につき同列には論じがたいとしたうえで、上記のように領土の変更に伴う確定した原則がないことを前提とし、整合がとれていない点については、議論すら回避している。
しかしながら、原判決は、単に領土の変更を定めた条文の文言について、上記のような理由で朝鮮人についてだけ一義的な解釈を押しつけ、他の例については異なる解釈を持ち出しているのであって、これは到底合理化できるものではない。
ほかにも、控訴人は対人主権の放棄の意義、国籍変動を認める際の戸籍基準の問題性についても主張しているが、こうした問題については原判決は全く触れてもいない。
こうした流れは、既に述べたように、原審のこの問題に対する関心の薄さを如実に示しているものであり、無批判に最高裁判例に従おうとする態度がはしなくも露呈しているというべきである。
以上の理由で、原判決には、さまざまな致命的な欠陥があり、取り消しを免れない。
以上